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ネットブックと、北米市場における日本の小型車

最終更新:2008/11/30

【キッカケ】08/11/26 ネットブック人気、メーカーには“痛し痒し” パソコン製品全体の価格が低下する?:NBonline

 たぶん低下する。たぶん高付加価値頼みでは保たない。「あれは仕事には使えない」という意見には同意しますが、四半期先はどうなっているかわからないと思ってます。

 以下、かなりいいかげんな記憶を元に、北米市場における日本の小型車のあゆみを書きとめ、次に、これを無理矢理ネトブに当てはめ、最後に日本の産業構造のパラダイムシフトにちょっかいを出してみます。

 なお、本記事は大量の間違い、事実誤認、薄れゆく記憶、身勝手な思い込みに都合の良い断片だけを寄せ集めた恣意的な構成、二箱半のセブンスター、などでできています。

イ. 北米市場における「日本の小型車」

あらすじ

 60年代初頭、「日本の小型車」は「貧乏人が我慢して乗るヤスモノ」だったが、石油ショックを経て「コストパフォーマンスに優れる賢い選択」という「新手の地位」を獲得する。高級車市場へ進出するのは90年代になってからだ。

 この間、ざっと30年(1960〜1990)。成熟市場を相手に「大型車と多彩なオプション」そして、それがもたらす高利益率に頼っていたBIG3は、最初から後手に回り、抜本的な対策を見いだせぬまま、2008現在まで、一貫してシェアを落とし続けている。

1. なにゆえご先祖サマは北米を目指したか。

 日本のカイシャ、とりわけ大企業は合併を嫌う風が強い。小規模な企業ではそうも言っておれないが、合併で国内シェアを拡げる戦術は、規模がデカくなるほど採りにくくなってゆく。

 国内自動車業界では、恐らく1966年の日産によるプリンス買収が最後だろう。なんの業界でも黎明期には企業が乱立し、後に合併がさかんになるもののようだが、このへんで、ひとまず「合併によるシェア拡大路線」が天井に達したと思われる。その一方で、60年代の国内市場はまだ小さく、未成熟で、自動車メーカーに充分な成長を約束するものではなかった。

 よく考えると、なぜそんなコマイ市場に分不相応な自動車産業があったのかが不思議だが、軍需の全滅、特に航空産業の禁止で工業構成が偏った事、それらが進駐軍が持ち込んだ車両のメンテ需要、続いて朝鮮特需でイイ感じに喰えてた事と関係あるかもしれない。

 それはともかく、チャンスは北米にあった。輸出先市場に相応しい大型車などない。見場の良いオプションを用意するゆとりもない。アメリカンライフスタイルなどテレビでしか知らない。それでも成長したければ、「持ち玉」を「みんながクルマを持ってる、世界でただひとつの国」にねじ込むほかなかった。

2. いつかこの道ぜんぶ、ウチの車で埋め尽くしてやっからな!

 60年代、最初の段階で日本車が安かったのは、まず「小型車しか無かった」からだ。ナリが小さきゃ材料費も小さく済む。同時に燃費も良い。次に「オプションが無かった」からだ。規模の経済は社内でもはたらく。モデルラインナップがシンプルと言う事は、製造現場のカイゼンを進めやすい。最後に「人件費が安かった」からだ。

 「技術や性能」はこの段階では訴求力にならない(なるわけがない)。この時点の日本車の訴求力は「安い・燃費が良い・新車で買える」の三つだ。

 「新車で買える」が訴求力足り得たのは、当時の米国市場の有り様に関係がある。当時、アメリカの低所得者層は、中古、それもボロボロの型落ちを買うのが一般的になっていた。かつて価格破壊でシェアを取り、増産の為に低所得者を雇い入れ、顧客たるべき中流層まで『大量生産』しちゃったフォードも「オレラにゃ関係ないハナシ」になっていた。

 アメリカは絶頂期だったのだ。より速く、より大きく、より豪華に、そして高い利益率を!(アメリカ人はみんな豊かになったのだから)これを追求した結果、「新車」は低所得者層には手のでない買い物になっていた。BIG3の車はデカイ。だからガスを喰う。中古なら尚更。もちろん、ガタもきており故障もしやすい。最初に日本車に目を向けたのは、彼ら低所得者層だ。「安い・燃費が良い・頑張れば新車で買えん事もない(だから故障が少ない)」。この評判は、先ず彼らの間で広まってゆく。

 もうひとつ、一部のマニアックなみなさんの存在も重要だろう。英国製のオープンタイプに飽きが来ていたところで「Z-car」のスタイリング(と、格段の安さ)に飛びついた連中の事だ。

 しかし全体としては、60年代の日本車は、北米市場の端っこに橋頭堡を確保したに過ぎない。

3. オイルショックは天の佑け。

 70年代初頭、中流層が日本車に目を向けた。キッカケはオイルショック。キーワードは「燃費」だ。インテリ層、西海岸層、人と違ったのが好きな層、などのオピニオンリーダー達が「小型車イケテル志向」を発し、彼らの背中を押した。

 ある程度のシェアと評判、そして相対的にシンプルなラインナップを維持していた日本車は、ここで儲けを技術開発に叩き込む。故障率の低減、さらなる燃費の向上、トドメにBIG3が「技術的に不可能であり衆愚的」とまで言った排ガス規制のクリア。ここで「安い・燃費が良い・高品質」の評判ができあがる。

 余談ながら、アメリカ人にとって「Save Money !」は神聖にして犯すべからざる道徳であり、浪費は末代までの恥である。つまりアメリカ人がナニカの商品を「良い」と評する場合、殆どの場合それは「コストパフォーマンスが良い」を意味し、純粋機械性能だけを手放しで褒める事は少ない。カンタンに言えば安い方に流れがちなのだけど、先様的にはコストパフォーマンスにシビア。

 例えば往年の日本車の悪口に「バドワイザーの空き缶で作ってんでねぇの?ぺなぺなじゃん」というのがある。実際に日本車は鉄板が薄く「頑丈感」が違ったそうだ。ノーパソ打鍵時の「たわみ感」にコダワル日本流の「品質感覚」でいえばそこで日本車を選ぶ理由がいっこ減るのだが、米国流ではそこにカネを出すのはアンリーズナブル(非合理的)でありSave Money!に反し末代までの恥である。あくまで一般論であり、日本より遥かに個人差も激しいし、どちらがどうというものでもないが、常にバックグラウンドで、得られる利得と支払い価格の天秤量りが稼働してそうなカンジがするのは、きっと開拓者の血であるに違いない。

 「日本の小型車」は、豊かさに慣れたアメリカ人に、その血を思い出させたのだ(ほんとう。ほんとう)

 そしてじわじわとBIG3が傾き始める。「日本車の評判」は、一気に全米のマスに広がったわけではない。BIG3に対する消費者の信頼も絶大なものがあった。しかし、それでも、「日本の小型車」は「市場の有り様」を不可逆的に変えていった

4. 出る杭は打たれるが麦は踏まれて強くなる。

 80年代。まだ日本車工場の北米進出が本格化する前。日本車のシェア拡大は「米国の富の流出」を意味した。

  日本企業は儲けを全部持ち帰ってしまい、米国内で再投資する事も雇用を産む事も無かったからだ。世界一の成熟市場、すなわち「アメリカで儲けてアメリカで再投資する」しか知らなかったアメリカ人にとって、日本の「加工貿易立国」は異質に見えた。本格的に失業者が増え始めるにつれ、日本車は「侵略の象徴」になってゆく。エコノミック・アニマル、顔の見えない日本人、日米経済戦争。などなどの言動がメディアを賑わすようになる*1

 しかし、市場は正直だった。これら嫌日厨の言動は、まったくと言ってよいほどBIG3の助けにならなかった。

 BIG3は、「より速く、より大きく、より豪華に、そして高い利益率」というビジネスモデルの修正を試みたが、動きは鈍かった。雇用関係も財務体質も、全てが「高度成長の時代」に「ソレが永遠に続く事」を前提に組み立てられており、ソレを組み替える痛みはタダモノではなかったからだ。その一方で、日本車は順当にシェアを拡大し、コストパフォーマンスを高めて行った*2

*1:その一方で政府は「いずれ第二第三の日本が現れるので、しっかり用意しときましょう」という動きを起こしていた。
*2:ここは「BIG3が存在するお陰で、日本車は利益率を上乗せできていたし、今もできている」という説にも注目したい。対手に消耗戦を仕掛けつつ、自らは余力を蓄えるというのは、相手にしてみりゃ悪夢だ。 → ガンバレGM、日本のために

5. 最後の市場、高級車。

 日本の自動車メーカーが高級車市場へ進出するのは、90年代になってからだが、進出するや否や、自動車情報誌などでBIG3の高級車を凌ぐ評価を叩きだし、一気にベンツやBMWのライバルに成り上がる。

 それだけの市場把握力、品質管理力、技術開発力をもたらしたのは、普及価格帯におけるシェア。そこで積み上げたゴールドと経験値だ。

ロ. 日本市場に於けるネトブ - 2008。

 1960〜1990の30年間は、ドッグイヤー換算で4.3年に相当する。2008年の1年間は1960〜1967になる勘定。

1. 2008第1四半期:上陸期

  1. ネトブは「貧乏人が我慢して乗る安物」であり「仕事に使えるもの」では無かった。
  2. しかし、「おすきな方にはタマラナイ」ものだった。
  3. これ以前の段階で、市場では「格差社会」が進行していた。

2. 第2〜第3四半期:伸張期

  1. ネトブは概ね、ノート市場の5台に1台程度を占めるに至った。
  2. しかしこの勢いは、JEITA統計からは読み取れない*1
    1. JEITA統計は加盟各社の自己申告に基づくものだが、台湾系メーカーは非加盟のためだ。従って、POSデータを集計した「BCNランキング」や、専門の市場調査会社の分析、そしてもちろん店員さんや足しげく電器屋さんに通う人々の実感とは乖離があり、日本市場の実態を見るには不適当。
    2. にも拘らず、JEITA統計は経産省では「最も信頼のおけるデータ」として、日本の産業政策の土台になっている。
    3. 公益法人(経産系)だから、結構細かいとこまで無償公開されてるのはありがたいんだけども、本質的に「国内製造業の同業組合」という限界は免れない。
  3. 国内で販売されるネトブ価格は、北米と比較してやや高めである。
    1. これは概ね、linuxモデルの有無に帰せられるが、それが国内で販売されない理由は詳らかでない。
    2. 市場に高価格な国産品が存在すると言う事は、ネトブメーカーは「それより安いと感じられるレベルの値札」で、日本を「利幅の草刈り場」にできるという事だ。

*1:自分は「経産 - JEITA - 国内電器」を『半ば一体化した竹やぶのようなイキモノ』と看做しており、このようなJEITA統計のありかたが、HP, Dell, Lenovoに比べても鈍い国内メーカーのネトブ対応に拍車を掛けていると考えています。

3. 第4四半期:上位セグメント攻略期(S101)

  1. 実は“6時間”でした:ASUS、Eee PC S101のバッテリー駆動時間を訂正
    1. 当初発表の約4.6時間をJEITA基準で再計測した結果、約6時間に上方修正。ASUS基準の方がJEITA基準より厳しいという事になるが、もしもこの厳しさが品質管理全般に及ぶものであれば、「国産神話」はじわじわと崩れてゆくだろう。
    2. これ以前に出荷段階でのウィルス混入があったが、これは偶発的な事故であり、即応も再発防止もできる問題だ。品管基準は必ずしもそうではない。

 なお極端な話、パソコンは「部品買ってきて組み立てりゃ格好がつく」。真偽は不明ながらネトブの機能には天井があるとされ、事実、各社ともカタログスペックに差が無い以上、勝負所は「値札とデザインのバランス取り」が基軸となる。

ハ. G7→G20

 最後に、「技術の粋を凝らした高付加価値商品」ではなく、「リーズナブルな道具」に集中するメリットを考えてみます。

  • 「私たちはもう、インドの未来を論じてはいません。『未来とは、すなわちインド』なのです」〜カマル・ナート商工相(インド)
  • 「自分の一生の間に、自らの暮らし向きがよくなるという確信ほど、民族の力を引き出すものは無い」〜中国の政治家かなんか。

1. 21世紀に入って、市場はG7の7億人から、G20の40億に拡大した。

■G7とG20の人口

G7 7.24億人 G20 35.26億人
3.00 1.43
1.27 中  13.24
0.82 11.31
英  0.60 0.49
0.33 メキシコ 1.05
0.58 オーストラリア 0.20
0.64 インドネシア 2.38
スペイン 0.43
ポーランド 0.39
南アフリカ 0.43
イラン 0.70
ブラジル 1.84
ナイジェリア 1.37

※ゲンミツには「先進国市場」と「新興国市場」に分けべきだが「新興国」ではイメージが弱いしBRiCSではちと狭い。「G20」は手間が省けて便利です。ナイジェリアまで入っててオトクです。オーストラリアやスペインや韓国やインドネシアの人はむっとするかもしれませんが、堪忍してつかぁさい。

■世界のPCシェア(2007通期,台数ベース)

シェア(%) 備考
1 HP 18.8
2 Dell 14.9
3 Acer 9.1 Gateway含む
4 Lenovo 7.5
5 東芝 4.1
6 その他 45.7

 拡大の影響は二つ。

  1. その大多数は「高付加価値商品」に手が出ない。
    • 2050まで行ってもBRiCSの中流の年収は、G7の中流に届かない。という予測がどっかにあった。
  2. 資源需給はこの先逼迫する。
    • 「相対的に低価格な原材料調達」が成立しない。

 従って「相対的に低価格な原材料」を前提に「高付加価値商品の輸出で儲ける」という「加工貿易立国モデル」は、ちょいとリキ入れたチューニング、あるいは徹底したリストラクチャリングが必要になる。

 もちろん、日本の内需は大きく育っているが、最も大きな儲けを手にするのは、「メインストリームでシェアを取った者」だ。メインストリームでシェアを奪り、その儲けを技術投資に回せば、追いつき、追い越せぬものなど無い事は、ご先祖様の保証つき。

 さらに、技術もブランドも、育てるよりカネで買った方が安く、時間も節約できる局面が増えている。この点では、チャレンジャーの方が割り切りが速い。

 たしかに、新興国のチャレンジャーが、一朝一夕に日本のハイテクに追いつくものではない。しかし、そうした製品を買える顧客には限りがある。

 日本における三種の神器、ドイツにおけるVolksWagen、米国におけるFord Type-Tのような「G20における中流の証」の供給者。これを目指さない者は埋没する。それはネトブかもしれないし、ケータイかもしれないし、Googleのアカウントかもしれないが、「モノ」である場合、劇的な価格破壊が不可欠だ。

 でないと行き渡らないから。G20の大多数の「今より豊かになりたい」というキモチを消さない限り、これは止められない。

2. 40億市場における水道の哲学。

  1. 市場における規模の経済 → この40億市場でシェアを確保する事。
  2. 社内における規模の経済 → できるだけ少ない製品ラインナップで、この40億を満たす事。

 モノツクリで喰おうという限り、「水道の哲学」は金科玉条である。戦略は常に「誰でも分かるほど簡素」でなければならない。

3. 日本の製造業が取り得る道は三つ。

  1. 「G20における中流の証」に吶喊する。
  2. 合併により当面のシェアを維持し、拡大する。
  3. パラダイス鎖国に立て篭る。

 日本の製造業は、この三つを適宜組み合わせて生き残りを図ると思われるが、1番は、G20市場に見合わないリソース、とりわけ「ハイテクハイテク日本はやっぱりモノツクリ教」を捨て去る必要がある。

 これは「ハイテクがカネを産む」という先入観の事であり、ハイテクそのものではない。利幅なら「枯れた技術の水平思考」のほうがデカイのだ。労働生産性や利益率を度外視してまでハイテクを競い、あまつさえ「部品」の形で安価にチャレンジャーに売ってしまうのは狂気に近い

 当面は「BRiCSの上流だけでも日本の何倍もの市場が狙える」という考え方もできるが、先々を考えると、それは「今月の販売目標」みたようなもので、「経営戦略」と呼ぶのは不適当だろう。

 良くてフェラーリ、悪けりゃ「それ以外」だ。

ニ. agehaにオリジナルなし

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